2017年05月07日

【映画の感想】 ルビッチ・タッチ!U 『 生活の設計 』




評価:★★★★☆ 洒落た三角関係!


冒頭の三分、全くセリフのないこの三分でもう脱帽。まいった。

上に貼った全編動画の冒頭三分を観てもらえれば、僕の言うことが誇張ではないとわかるはず。

本作は、シネマヴェーラ渋谷のルビッチ特集「 ルビッチ・タッチ!U 」で5月6日(土)に上映された。


正直、なんだかパッとしないタイトルだったので行こうか行くまいか迷っていたのだが、その疑念は映画冒頭で吹っ飛んだ。

なんて面白いんだ!


劇作家志望のトム(フレドリック・マーチ)と画家志望のジョージ(ゲイリー・クーパー)は、パリに向かう列車のコンパートメントで、偶然乗り合わせた美人広告デザイナーのジルダ(ミリアム・ホプキンス)と知り合い、共に彼女を好きになってしまう。ジルダもタイプの違う二人を愛してしまい、一人を選べない。そこで彼女は、「三人で一緒に暮らしながら私が “ 芸術の母 ” となって作品にダメ出しして二人を成功に導くわ。ただしセックスはなしよ」と提案。そうして三人の共同生活が始まるが、彼らははたしてセックスなしの紳士協定を守れるのか!?


件のコンパートメントの場面が、セリフなし⇨フランス語⇨英語、と展開するのに対し、物語全体の流れもパリ⇨ロンドン⇨パリ⇨アメリカと英語圏とフランス語圏を行き来する。

そうはいってもほとんどが屋内のシーンで、『 ニノチカ 』のように名所を訪れたりするわけでもないので特に変化があるわけではない。

こういったことと、登場人物の少なさは、原作が戯曲(ノエル・カワード作)であることが影響しているのだろう。

ダイナミックさに欠ける、という意見があるのは、こういう点も含めてのことだと思うし、僕も同じようなことを思わないではないが、そもそもそういったダイナミックさを求めるよりも、あのコンパートメントの一連の流れを観て「ああ、これぞまさにソフィスティケイテッド・コメディだな」と納得してしまった身として、洒落た会話と洒落た小道具使いを求めて本作に臨んだので、他の些末な事柄は毛先ほども気にならなくなってしまった。

ソフィスティケイテッド・コメディとは、スクリューボール・コメディやスラップスティック・コメディに対して、気の利いた男女の都会的な会話でストーリーを転がしていく作品を指す言葉だが、まさにルビッチのためにあるような言葉だ。

本作のヒロインであるジルダは、保守的な人が見たら貞操観念はどうなっているんだと憤激したくなるような女性だ。

前述したあらすじにある「紳士協定」が “ 最初に ” 破られるときの彼女のセリフにしても「紳士協定っていうけど、私、紳士じゃないのよね」である。

ルビッチはあらゆること(男女の三角関係からナチスによるポーランド侵攻まで含む)を軽妙に描いてきた作家だ。

本来ならドロドロしそうな三角関係もサラッと描く。

もちろん登場人物たちは悩んだり怒ったりするが、それを過剰に見せようとはしない。

以前、BSマンガ夜話という番組の中でマンガ家を「手塚テレ派」と「梶原一騎テレない派」に分類していたが、ルビッチはもちろん「手塚テレ派」である。

では過剰さなしにどう観客にアピールするかというと、ドアと小道具である。


ドアはルビッチ作品では度々登場し、そのほとんどで印象的な使われ方をしているが、本作ではむしろルビッチらしいドアの使い方というより、物語を書く際にお手本になるような使い方をしている。

本作でジルダが初めてトムとジョージのアパートに来るときの流れはこうだ。

二人が待ちわびているところへチャイムが鳴る⇨ジルダかと思ったら子供が立っている⇨「チェンバースさんとカーティスさん?」「そうだがーー」「いたよ!」⇨階段下のジルダが子供たちに誘われて上がってくる

……といった具合に、ドアが開いたとき、そこに想定通りのことがあってはならず、待ち人が来るにしても必ずそこに想定外の事柄を挟まなければならない。

これは細かいことに思えるが、こういうのを隅から隅までちゃんとやっている人は意外と少ない。


小道具は本作では大活躍だ。

もっとも印象的なのはトムのタイプライターで、これが時を経てもチンッ!と鳴ることがトムとジルダの愛がまだ錆びついていないことの証になるし、物語の展開の上でも大きな意味を持つ。

だが、僕が一番印象に残ったのは、むしろ物語の展開には全く関係ないが、象徴的に使われている三本のフランクフルトソーセージだ。

これは三人での共同生活が始まることになった記念の食事で、貧乏なトムとジョージがわざわざ買いに走ったものだが、僕が思わず笑ってしまったのは、この三本のフランクフルトソーセージが繋がっていたことだ。

三人での共同生活が始まるその最初の食事で、わざわざ三本の繋がったフランクフルトソーセージを食べさせるなんて細かすぎるよ。


本作は最後に三人の紳士協定が復活して大団円となる。

これをして「現実味がない」とか、「こんな生活が長続きするわけがない」と思う人がいるのももっともだと思うが、ルビッチ映画の良さは、無遠慮に物語の深みまで入り込もうとせず、むしろこうして意図的に思考をストップさせているところにある。

俳優・寺田農の言葉を借りれば “ よく出来たこしらえもの ” なのだ。

映画人がよく「一番難しいのは喜劇だ」というが、現実を面白おかしく見ようとすることは、かくも手間とセンスの必要なことだということなのだろう。


監督 : エルンスト・ルビッチ
ジュネス企画
発売日 : 2005-10-25



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posted by カチハヤ at 23:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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