2018年05月20日

【映画の感想】『 孤狼の血 』






評価:★★★☆☆ こういうのもっとやって!




みんな大好き立川シネマシティにて、白石和彌監督、役所広司主演のヤクザ映画『 孤狼の血 』を観てきた。

(まだ日活ニューアクションの時代の感想を全部書いてないのに……。)


原作は柚月裕子の同名小説。


記憶を頼りに、新作でもお構いなく おおまかなストーリーを書いていきつつ、その都度感想を書いていくので、ネタバレが嫌な人はご遠慮ください





昭和63年、暴力団対策法成立直前の広島・呉原で、地元の暴力団である尾谷組と、新たに進出してきた広島の巨大組織・五十子会系の加古村組の抗争がくすぶり始めていた。
呉原東署に配属になったエリート新人刑事の 日岡秀一(松坂桃李) は、凄腕だが目に余る行動の多いベテラン刑事の 大上章吾(役所広司) と組んで捜査にあたることに。
尾谷組とズブズブの関係にある大上は、加古村組を潰す糸口として、同組関連の金融会社社員の失踪事件に目をつける。


【カチハヤ】
 気合が入っているのがひと目で分かる! こんな役所広司は『 シャブ極道 』以来。松坂桃李が取調室にかき氷を持っていったときは、「まさかシャブをかけて食う気? 刑事なのに」と思った。






大上は日岡に “ 度胸試し ” と称して、加古村組の通称「関取」に喧嘩を売らせる。日岡をボコボコにした関取に懲役をちらつかせて情報を得ようとするも拒否したことから、大上はこの事件の裏に何か重大なものが隠れていると確信する。
大上は怪我をした日岡を行きつけの薬局に連れて行き、薬剤師の 岡田桃子(阿部純子) に治療させる。
桃子は暴力的な夫と離婚したばかりだった。
その後、偶然再会した日岡と桃子は惹かれ合い恋人関係に。


【カチハヤ】
 コインランドリーで日岡と再会したときの桃子役の阿部純子が出色。Tシャツとショートパンツに、銭湯帰りと思しき洗い髪から、ギリギリ露悪的にならない普段着のエロさを感じる。



尾谷組のシマにあるクラブ梨子に加古村組組長の 加古村猛(嶋田久作) と、その親組織である五十子会会長の 五十子正平(石橋蓮司) がやってくる。
偶然居合わせた尾谷組の若頭である 一之瀬守孝(江口洋介) は苛立つが、大上は戦争を回避すべく「手を出したら向こうの思う壺じゃ」と彼をなだめる。


【カチハヤ】
 クラブ梨子のママを 真木よう子 が演じている。ぴったりなキャスティングに思えたが、思ったほどしっくりきていない。それと、ホステスを横に抱きながら酒を飲むシーンには映画全体を通してリアリティが感じられず、“ 演じている感 ” がつきまとう。それは「役者が普段からそういう飲み方をする時代じゃないから」ではなく、キャスティングのミスではないだろうか。例えば本作には出ていないが、菅田俊なら上手く演じてくれそう。






五十子会と繋がりのある地元右翼団体代表の 瀧井銀次(ピエール瀧) から、とある連れ込み旅館が金融会社社員の失踪と関係があるとの情報を得て大上と日岡は事情を聞きに向かうが、ガードが固くなかなか話してくれない。
一計を案じた大上は、日岡が止めるのも聞かず、旅館の裏手に放火でボヤを出し、その混乱に乗じて監視カメラのビデオを入手する。
ビデオには加古村組組員が金融会社社員を無理やり連れて行く映像が残っており、呉原東署は失踪事件と加古村組との関連を確信する。


【カチハヤ】
 刑事のくせに放火する、という展開は良いのだが、燃えている火のCGがちゃちなのはどうにかして欲しかった。街中で火を燃やせないのはわかるが、昭和63年が舞台の映画を観ながらそういう現代の事情を考慮しなきゃならんのは疲れる。



日岡は広島県警の警視で監察官である 嵯峨大輔(滝藤賢一) に大上のこれまでの逸脱行動や暴力団との癒着を報告する。日岡は嵯峨が大上を調べさせるために送り込んだスパイだったのだ。
大上は十四年前にヤクザを殺したのではないかという嫌疑もあり、彼を逮捕すべきと主張する日岡に嵯峨は、もう少し探って彼が行動の詳細を記録している日記を手に入れるよう命じる。


【カチハヤ】
 こういう役が必要なとき、滝藤賢一の顔は役に立つ。そういう顔をしている。



クラブ梨子のママの恋人である尾谷組組員の柳田孝は、彼女にしつこく言い寄ってくる加古村組の組員に腹を立て、彼を殺りにいくが返り討ちに合ってしまう。
同じ頃、尾谷組の若手組員が加古村組の事務所に銃弾を撃ち込み、偶然現場に居合わせた日岡に逮捕される。
組員を殺された上に、味方と思っていた大上の部下に若手組員を逮捕された尾谷組若頭の一ノ瀬はもう戦争しかないと息巻く。
大上は加古村組の親組織である五十子会会長の五十子に和解を提案するが、五十子は一ノ瀬の破門を条件のひとつとして譲らない。組長が懲役で留守の今、尾谷組は一ノ瀬なしでは成り立たないため、それは事実上の和解拒否であった。
大上は懲役中である尾谷組組長の 尾谷憲次(伊吹吾郎) を訪ねて一ノ瀬の説得を懇願、一ノ瀬は大上に三日の猶予を与え、それまでに加古村組を追い詰められなかったら戦争になる、と警告する。


【カチハヤ】
 どうも江口洋介演じる一ノ瀬に迫力が足りない。良い役者だが、決して演技力が高いわけではないし、彼の持っているある種の “ 軽さ ” が良い方向に働くこともあるが、ここでは逆効果だった。同じ映画(『 湘南爆走族 』)で出てきたからというわけでもないのだが、織田裕二も似たタイプの “ 軽さ ” を持った役者で、それは役を選んでしまうところがあるかもしれない。



三日の猶予はあまりに短く、尻に火がついた大上は、恋人を殺されていきり立つクラブ梨子のママに美人局を仕組ませ、彼女に言い寄っていた加古村組組員を罠にはめる。
その組員を拷問して聞き出した情報を下に大上ら呉原東署の面々は、無人島で金融会社社員の死体を発見する。


【カチハヤ】
 拷問シーン。ここ、見せ場。ヤクザ映画もいろいろ観てきたが、局部に埋めた真珠を切って取り出す、という拷問は初めて。ドスやナイフではなく、ちゃんと医療用のメスを使っているあたりに幾ばくかの良心を感じる。良い子は真似しないように。



死体を発見して意気揚々と帰ってきた大上だが、高坂隆文(中村獅童) という新聞記者が彼と十四年前のヤクザ殺しの関連について調べており、署長は彼を捜査から外し、事情を聞くため署にカンヅメにしてしまう。
日岡は一ノ瀬に事情を話しに行くが聞いてもらえず、遂にタイムリミットは過ぎ、二つの組は抗争状態に。
抗争の火が点いた上に、頼みの大上が行方不明で呉原東署は手をこまねくばかり。
日岡は大上への不信感を募らせるが、右翼団体代表の瀧井は「大上さんにとってヤクザは道具にすぎない。あの人の頭にあるのはカタギのことだけ。そのためならヤクザなんて平気で裏切る」と話す。
クラブ梨子のママは、日岡に十四年前のヤクザ殺しの犯人は自分だと告白する。夫を殺された復讐にヤクザを殺したが、お腹の子のことを不憫に思った大上が、ヤクザ同士の抗争に見せかけてくれたのだという。
そしてママは日岡に大上から預かっていたというノートを渡す。警察上層部の汚職の証拠が記されたそのノートは、大上がヤクザと警察との間の綱渡りをする上での命綱であり、監察官嵯峨が日岡を使って手に入れようとしていた物だった。
翌日、大上の水死体が見つかる。


【カチハヤ】
 大衆の道徳感情の琴線に触れることを怖れる昨今、結局主人公はイイ人になってしまうのか。考えてみたら大上は「自分はヤクザと警察の間を綱渡りしている」とはいっていたものの、ヤクザ映画の悪徳刑事の系譜でいうと大して悪いことをしていない。役所広司の演技の力の入り様には敬意を表するが、大上というキャラクターの掘り下げが足りていない。これが本当の役不足というものだろう。



日岡は瀧井に自分の決意を話し、二人は結託して大きな勝負に出る。
瀧井は繋がりを利用して五十子会の懇親会に出席。五十子がトイレに入ったところで、日岡が一ノ瀬らを会場に招き入れる。一ノ瀬は五十子を殺し、警察が駆けつけると子分に自首させる。
ところが日岡は一ノ瀬との約束を破り、子分ではなく彼を殺人罪で逮捕する。日岡に謀られたと知って逆上する一ノ瀬だが時すでに遅し。二つの組は一夜にして力を失った。


【カチハヤ】
 この計画は面白い。だが、結局日岡も大して悪いことをしていないという点では面白くない。日岡は大上の意を継いだわけだから、少なくとも先代に輪をかけた逸脱行為をしなきゃいけないはず。
あと、懇親会の会場で銃を乱射するシーンは『 アウトレイジ 最終章 』にもあった。撮影時期の問題もあるだろうからカブったのは別にいいのだが、本作の方が見た目がスケールダウンしている点はいけない。
それとトイレで五十子を殺すシーンも血しぶきが飛んでいてそれなりに派手ではあるのだが、緊迫感や狭さからくる圧迫感などはどうしても北野映画に見劣りしてしまう。映画の出来は決して悪くないのに、似たようなシーンが他の映画にあるだけに、ちょっと物足りないところが気になってしまう。



【 総評 】 ルビッチ以外の恋愛映画をほとんど観ない僕にとって、日本映画では観るものがない時代が長かった。
バイオレンス描写のある映画が見たい場合は、70年前後のヤクザ映画や、韓国映画に頼るしかなかった。
その状況がここ数年改善されてきて、嬉しい限り。本作は『 県警対組織暴力 』っぽかったり、『 その男、凶暴につき 』っぽいところもあったりで、そういうタイプの映画を復活させるぞー!という強い意気込みを感じた。
評価が★★★☆☆なのでイマイチなんじゃないかと思ってしまう人もいそうだが、僕の評価で★★★☆☆は「満足」「観に行って良かった」という意味なので、そこのところはわかっていただきたい。



にほんブログ村
posted by カチハヤ at 20:02| Comment(0) | 映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月06日

【映画の感想】 日活ニューアクションの時代 『 新宿アウトロー ぶっ飛ばせ 』






評価:★★★☆☆ 意外と合ってる!




ラピュタ阿佐ヶ谷 のレイトショー企画 『 日活ニューアクションの時代 -アンチヒーローは「破壊」と「破滅」に向かって疾走する 』 に行ってきた。

※ といっても数週間前なので、感想を書くのがだいぶ遅れまして……。



観た映画は 渡哲也 原田芳雄 の バディもの ーー


『 新宿アウトロー ぶっ飛ばせ 』



記憶を頼りに、おおまかなストーリーを書いていきつつ、その都度感想を書いていくので、ネタバレが嫌な人はご遠慮ください





“ 死神 ” の異名を持つ 西神勇次(渡哲也)は、二年間の刑期の後、仮出所が認められた。勇次を出迎えた見知らぬ男、直(原田芳雄)は、取り引きに失敗して強奪されてしまった時価三千万円のマリファナを取り返すのに手を貸して欲しいという。


【カチハヤ】
 キャスティングを見た最初の印象は「渡哲也と原田芳雄!? 合わないだろ〜」というものだった。ところがいざ二人のやり取りを観てみると意外や意外これが合う。つい最近、冷やした市販のポタージュにめんつゆを入れ、小ネギをちらし、ブラックペッパーを振った後、それに蕎麦をつけて食べると美味いという話を聞いたのだが、そんな感じに近い。



直は勇次の世話を、自分が店をやらせている女に頼む。彼女は、笑子(梶芽衣子)といい、勇次の昔の女だった。マリファナを持ったまま行方知れずになった直の相棒、修平は、笑子の弟だった。


【カチハヤ】
 てっきり笑子は直のオンナなのだろうと思ったのだが、そうではなかった。いや、直は笑子のことが好きなのだが、他の女に迫られたときに「お前、俺が(セックスを)できないの知ってるだろ」と言っていたので、肉体関係はない。原田芳雄の色っぽさは、ときにゲイっぽく見えることもあるので、そのあたりを狙った展開だろう。これで通常の三角関係かと思っていたこの三人の相関図が、より複雑になる。



直は財閥の御曹司なのだが、アウトローな生き方を求めるあまり、父親と対立しており、彼を心配してくれるのは家族の中でも妹だけだった。力哉(沖雅也)率いる不良グループは、直に卸したマリファナの代金が未だ払われていないのに苛立ち、たびたび彼に脅しをかける。やがて取り囲まれ、ピンチになるが、間一髪のところを勇次に助けられる。直は、金は必ず払うと約束する。


【カチハヤ】
 不良グループが何人で襲いかかろうと、たった一人のヤクザの方が強い。こういうタイプの映画を見る際に四の五の言わず飲み込まなければならないポイントの一つである。しかし、沖雅也演じる力哉は、いったいどこからそんな大量のマリファナを手に入れたのだろう。その辺の説明は一切ないが、革ジャンを着ているからたぶん米軍からだろうーーという程度の、かなり飛躍を含む推測で納得しておくことにする。



マリファナは友愛互助会という組織の手に渡っていたことがわかる。友愛互助会は 湯浅(今井健二)が会長を務める暴力団まがいの政治結社で、そこの用心棒である通称 “ サソリ ” (成田三樹夫)は、かつての勇次の相棒でありながら、彼を裏切り、刑務所送りにした凄腕の殺し屋だった。サソリはこれ以上嗅ぎ回るなと忠告するが、大人しく言うことを聞く勇次たちではない。すると、笑子のバーに血まみれのマネキンが届けられる。マネキンが着ていたのは笑子の弟、修平の服だった。修平の死を確信した勇次らは復讐を決意する。


【カチハヤ】
 梶芽衣子 がいて、成田三樹夫 がいて、そこに “ サソリ ” なんて名前が出てくると、弥が上にも 『 女囚さそり けもの部屋 』 の冒頭で、切り取った成田三樹夫の右腕をぶら下げながら新宿の街を全力疾走していた梶芽衣子の勇姿を連想してしまう。



直が金を払わないのに業を煮やした力哉は、直の妹を誘拐する。直は、笑子のバーの権利書と引き換えに妹を取り返す。直と勇次は、友愛互助会がマリファナを持っていることを力哉たちに話し、彼らの協力を取り付ける。


【カチハヤ】
 ここで直と妹に血の繋がりがないことがわかる。ひょっとして直は妹に道ならぬ恋をしていて、それが家を飛び出した原因!?、とも思ったが、妹は本作では、さして重要な扱いをされていないのでたぶん違うでしょう。



力哉たち不良グループを使って友愛互助会に揺さぶりを掛けた結果、サソリは見せしめとして笑子を殺す。勇次たちはケリをつけようと決意し、力哉たちの協力の下、友愛互助会のビルへと殴り込む。湯浅会長は、マリファナを持って屋上からヘリで逃げようとする。サソリの銃に狙われた勇次は、捕まえた湯浅を盾にするが、サソリは躊躇なく引き金を引き、湯浅は死ぬ。勇次との死闘の結果、サソリも死ぬ。勇次と直は、マリファナを載せたヘリで飛び立つが、途中で ヘリのパイロット(地井武男) が死んでしまう。直が操縦桿を握るが、着陸の仕方がわからないため、二人を乗せたヘリは目的地もないまま、いつまでもいつまでも上空を飛び続けるのだった。



【 総評 】
 日活ニューアクションの時代の紹介ページのキャスティング欄に「地井武男」の名前を見つけても、最初は「出てたっけ?」という程度だった。それがこの感想を書いていくうちにだんだんと記憶が蘇ってきて、遂にラストを書いている最中に「あっ!(思い出した)」となった。友情出演やカメオ出演のたぐいで名のしれた俳優がちょこっとだけ出るのはよくあることだが、そういうのは大抵が前半部分で済ませるものであって、なにもラストのラストになって急に出てくることはないだろうに。気になってしょうがないよ。

冒頭で書いた渡哲也と原田芳雄の相性については、意外性があって新鮮だった。三角関係のようだった三人が、笑子という接着剤を失って二人になり、その二人がヘリに乗って宛もないまま飛び続けるというのは意味深で面白い。

監督の藤田敏八にしてみたら、従来型の正統派スターである渡哲也だけでは、自分の色が出しにくいと思ったのかもしれない。監督の話をするのをすっかり忘れていたので最後にちょっとだけ付け足すと、映画の要所要所で台詞回しや映像の見せ方などが、いちいちセンスがある。細かいところはよく覚えていないし、こういうことは言葉で説明するのはちょっと骨が折れるので、観てください、としかいえず申し訳ない。本作は、ざっくりとしたストーリーは他のジャンル映画と大差ないが、細部のちょっとした “ あしらい ” が上手いので、映像作家の感覚的なものを観るのが好きな人は、毛嫌いせずに観てみることをお勧めする。



にほんブログ村
posted by カチハヤ at 09:04| Comment(0) | 映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月15日

【映画の感想】 日活ニューアクションの時代 『 野良猫ロック セックス・ハンター 』






評価:★★★★☆ ラカンに観せたい!




ラピュタ阿佐ヶ谷 のレイトショー企画 『 日活ニューアクションの時代 -アンチヒーローは「破壊」と「破滅」に向かって疾走する 』 に行ってきた。


観た映画は 『 野良猫ロック 』シリーズ第三弾 ーー


『 野良猫ロック セックス・ハンター 』



例によって、おおまかなストーリーを書いていきつつ、その都度感想を書いていくので、ネタバレが嫌な人はご遠慮ください




基地の街、立川には主に三つのグループがあった。マコ(梶芽衣子) たちズベ公グループ、バロン(藤竜也) をリーダーとする「イーグルス」、そしてハーフたち。

ある夜、ズベ公グループのミキ(青木伸子)が生意気な口をきいたことからマコと対立、二人は外れにある空き地で対決することになる。勝負はマコの圧倒的な勝利に終る。ひとりその場に残ったマコは、通りすがりのハーフの男、数馬(安岡力也) に出会う。数馬は十数年前に生き別れた妹のメグミを捜していたが、立川の「ママブルース」というスナックに行けば解ると人づてに教えられ、向かう途中だった。


【カチハヤ】
 いくら生意気な口をきいたからといって、夜の空き地で懐中電灯を片手にナイフで斬りつけ合うのには驚いた。冒頭から青木伸子が目立っていたので個人的には嬉しい。若き日の安岡力也はかっこいい。



マコたちはたびたびバロンの誘いでマリファナを楽しんでいた。これまでバロンは何故かマコを抱こうとしなかった。

翌日、数馬はハーフたちが集う店「ママブルース」を尋ねるが、メグミは数年前に出ていき、行方は知れないという。スナックのママからは「捜してもいいことなんてないわよ」と言われる。
そこにイーグルスのメンバーである 進(岡崎二朗) がやってきて、恋人を獲られた仕返しに ハーフの男(ケン・サンダース)
を痛めつける。数馬は彼を助ける。


【カチハヤ】
 ここでバロンがマコを抱かないことが後々意味を持ってくる。



妹を捜していた数馬。マコの仲間であるメグミがどうやらそうだとわかるが、今の堕落してしまった自分を恥じ、メグミは別人だと言い張る。確信のある数馬は自動車修理工場に務めながらメグミの変心を待つことに。


【カチハヤ】
 妹を捜している数馬を見て、ナンパしているのかと勘違いするしたマコが「手伝ってやるよ。ほら、ここ(車)でしな。見ててやるから」という場面。この時点では「なんかとんでもないこと言うなぁ」と思っただけだったが、ここも後々意味を持ってくる。



進から数馬のことを聞いたバロンは、外国人やハーフに対する怒りをたぎらせ、彼らを街から締め出そうとする。バロンには、姉が目の前で米兵にレイプされたという過去があった。


【カチハヤ】
 ここでバロンがマコを抱けない=性的に不能である理由がトラウマからくるものだとわかる。


イーグルスは、数馬の肩を持つズベ公グループを街の顔役を通じて、白人に売り飛ばそうと計画。彼女たちを「仲直りのため」と称してパーティーに誘い出すが、バロンはマコだけは助けようとパーティーから連れ出す。二人はベッドインするが、積極的に迫ってくるマコを前にバロンは彼女を突き飛ばし、「女は汚ねぇや」とつぶやく。仲間たちが売られたと知ったマコは、パーティー会場へとバイクを走らせ、火炎瓶を投げて彼女たちを救出する。


【カチハヤ】
 バロンは、いざ事に及ぼうとすると姉の記憶がちらついてしまい、できない。と、ここまでは普通の解釈だが、気になるのはその後の「女は汚ねぇや」というセリフ。ひょっとしたらバロンは、姉が米兵にレイプされるのを見ながら、実は姉は喜んでいるかもしれないと感じていたのではないか。そしてそれはおそらく、レイプされる姉の姿に性的興奮を抱いてしまったことを認めたくないため、自分自身を欺く言い訳として作り出された理屈のように思える。



翌朝、顔役はバロンに、このおとしまえはお前の手でつけろと命ずる。しかし、バロンはマコを愛しているため手を下せない。怒りの矛先はハーフたち、そして彼らの中で唯一イーグルスに楯突く数馬へと向かう。バロンは数馬をリンチするが、マコが彼を助けに来たことでその怒りはさらに高まる。バロンは、メグミが数馬の妹だと知り、イーグルスのメンバーに彼女をレイプさせる。そのやり方についていけなくなった進はイーグルスを抜けると言う。バロンは進を背後から撃ち殺す。


【カチハヤ】
 「進、いくな! いくんじゃない!」と必死に訴えるバロンの姿には、ホモ・ソーシャルを超えた同性愛的なものを感じさせる。でもそれは普通の同性愛ではなく、トラウマによって捻じ曲げられたことからくる歪んだ同性愛のように思える。



怒りに燃えた数馬は銃を取り、米軍基地跡の監視塔に立てこもる。イーグルスはそれを包囲するが、マコが数馬と一緒にいると知るとバロンは逆上し、単独で特攻。数馬とバロンは互いに銃弾を浴びせ合う。バロンは死に、数馬は、兄の安否を心配して駆けつけた妹メグミを撃ち殺し、絶命する。




【 総評 】
 本作についてラカン好きな友人と話していたときに彼が指摘したのが、「セックスには第三者が必要だ」ということ。これはラカンの本にあったものでそれはこんな例え話だ。


男がハリウッドの有名女優(具体的な名前は忘れたのでとりあえずブルック・シールズとしておく)と無人島に行く。二人は愛し合うようになり、肉体関係を持つ。二人は幸せに暮らすが、徐々に男は不満を募らせる。ある日、男はブルック・シールズに、男物のワイシャツを着てくれ、と頼む。彼女が応じると、次は付け髭をつけてくれという。首を傾げながらも男の申し出に応じると、男は、ワイシャツを着て付け髭をつけた彼女の隣に立ってこう言う。「なあなあ、俺、ブルック・シールズとセックスしたんだぜ」

本作ではこの第三者の存在が殊更強調される。

一つ目は、数馬がナンパしていると勘違いしたマコがその女性を車に引っ張り込んで「手伝ってやるよ。ほら、ここ(車)でしな。見ててやるから」という場面。

二つ目は、少年時代のバロンが、姉のレイプ現場を見させられる場面だ。

この第三者、専門的にいうと「大文字の他者」とか何とかいうらしいが、わかりやすい表現でいうと「神」とか「世間」といった、承認を与えてくれる存在ということのようだ。

「第三者の承認が必要」ということは、言い換えると「承認のないセックスはできない」ということになる。

事情はそれぞれ異なるが、バロンとマコ、バロンと進、バロンと数馬、数馬とマコ、がそういった関係にあたる。

そしてもう一つ、数馬とメグミの関係もそうだ。

ラストで数馬がメグミを撃ち殺すのに首を傾げた人は多いだろう。僕の最初観たときは意味がわからなかったが、おそらくこれはセックスの象徴だ。

数馬の妹への長年の執着が屈折した愛情となって、その「果たされない想い」を死の間際に銃という男性性のメタファーを用いた擬似的なセックスによって遂げようとした、と解釈すると、妹を撃ち殺したことについて説明がつく。

バロンは最後に数馬と相打ちになることで思いを遂げ、数馬はメグミを撃ち殺すことでやはり思いを遂げる。(言い忘れたが、性的に不能だったバロンが、最後に、暗喩的な意味とはいえセックスを果たすことができるのは、顔役という「大文字の他者」に命令されたからだ。)


そして残されるのは、マコ。

実はこの「マコが残される」というところに、『 野良猫ロック 』シリーズが『 野良猫ロック 』たる所以がある と気付いたのだが、それを書くとちょっと長くなりすぎるのと、まだシリーズの全作品を観終わっていないで、全部観てその上で「これは間違いない」と確信を持てたら書こうと思う。



他の人の感想が読みたい方は、Amazonブクログ のリンクを貼っておくのでこちらから。

監督 : 長谷部安春
Happinet(SB)(D)
発売日 : 2012-04-03



にほんブログ村
posted by カチハヤ at 18:19| Comment(0) | 映画の感想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする