2017年04月25日

【映画の感想】 抗争と流血 -東映実録路線の時代- 『 北陸代理戦争 』




評価:★★★★☆ のぼる〜!


いきなり悪態をつく西村晃のどアップである。

しかも雪原に首まで埋まっている。

その頭スレスレを松方弘樹のジープが猛スピードで突っ走る。

「のぼるー、お前、親に向かってなんちゅうことしよる!」

松方弘樹演じる川田登にとって、西村晃演じる安浦は親分にあたるのだが、北陸のヤクザにとってそんなことはおかまいなしだ。

杯を貰った人間を次の的にする、それが生きるためには手段を選ばぬ北陸ヤクザの生き方なのだ。


シネマヴェーラ渋谷の「抗争と流血 -東映実録路線の時代-」という企画上映で松方弘樹主演の『 北陸代理戦争 』を観た。


本作は深作欣二における最後の実録映画であるが、さもありなん。

深作がもう実録はこりごりだと思うのも当然というくらい、さまざまなトラブルに見舞われている。

まず、主演が予定されていた菅原文太が降板したことで『 新仁義なき戦い 』シリーズとしての制作ができなくなり、撮影が始まったら今度は(予告編にだけは出ているが)準主役の渡瀬恒彦が撮影中の怪我でやはり降板。

他にも、現在進行中の抗争をモデルにしていたため警察から干渉を受けたり、大雪で撮影が難航したりしたが、極めつけは、主人公のモデルになった組長が、劇中のシーンそのままに喫茶店で襲撃を受け、射殺されてしまったのだ。

映画と現実がパラレルに影響を与え合うという実録映画の極北のようなことが起きたわけで、このあたりのことは『 映画の奈落 』という書籍に詳しい。(まだ読んでないけど)




『 仁義なき戦い 』の大ヒットで集客が見込めるスターだった菅原文太が降板したことで本作は興行的には失敗してしまったが、内容的には松方弘樹になって大正解だった。

北陸の厳しい雪の中にあると、松方弘樹の燃えるようなバイタリティがより一層映える。

それはまさにこの映画の中で描かれている、生きるためなら手段を選ばない北陸ヤクザの姿そのものなのだ。


脚本の高田宏治は、個人的には彼が書いた『 新仁義なき戦い 』シリーズが嫌いなのであまり良いイメージはない。

彼は、女を描くのを得意としているが、笠原和夫が脚本を担当した『 仁義なき戦い 』シリーズは、男だけの世界の中で他の映画だったら女が担当するような役柄も男が担当しており、その代表格がある意味ファム・ファタール役ともいえるのが金子信雄である。

ところが高田の『 新仁義なき戦い 』シリーズは、実際に女を物語に絡む主要な役割として登場させてしまっており、それは『 仁義なき戦い 』シリーズの続編を期待して観に行った者としては納得のいくものではなく、実際映画としてのまとまりも良いとはいえなかった。

個人的な思い出としてはそういうことなのだが、世間一般としては、高田はその後に『 鬼龍院花子の生涯 』や『 極道の妻たち 』シリーズなどで成功を収めており、その流れの中の嚆矢とした観た場合、本作は大きな意味を持つ。

『 新仁義なき戦い 』シリーズと違って、本作は女を描いて大成功しているのだ。

川田登の情婦である仲井きく役の野川由美子も、きくの妹で後に川田登の妻となる仲井信子役の高橋洋子も、それぞれ異なる形で “ 北陸の雪に負けない強い女 ” を演じており、とても魅力的だ。

ちなみに高橋洋子は、本作の上映に際して行われたトークショーにゲストでいらしており、トークショー自体は会場から人が溢れるほどの盛況ぶりで見られなかったのだが、ロビーに出てきた際にチラッとお見かけした。

立ち居振る舞いがキリッとしていて、かっこいい美人だな、という印象だった。


映画に話を戻すと、冒頭でも話に出てきた西村晃がいい。

手段を選ばない北陸ヤクザにあって、松方弘樹が最終的に暴力を用いるのに対し、西村晃は喰えない田舎政治家といったタイプで、ついこの前まで互いに殺し合っていた松方弘樹に「のぼる〜、お前はやる奴だと思うとったよ」と平気でおべんちゃらを使う。

逆に西村晃の跡目を継いだハナ肇は、強いやつにはペコペコ、弱いやつには居丈高になる典型的な小者で、そのひとつひとつの仕草に彼のコメディセンスが遺憾なく発揮されている。


実録映画が下火になっていった頃に咲いた、いろいろな意味で不幸な作品ともいえるのだが、東映ヤクザ映画が衰退していっても最後の砦としてそれを守り抜こうとした不屈の男、松方弘樹の代表作としてこれほどふさわしい作品もないのではないか。



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2017年04月22日

【映画の感想】 抗争と流血 -東映実録路線の時代- 『 沖縄10年戦争 』




監督 : 松尾昭典
東映ビデオ
発売日 : 1987-04-10


評価:★★★★☆ 抗争と流血、そして悲哀


シネマヴェーラ渋谷の「 抗争と流血 -東映実録路線の時代- 」で『 沖縄10年戦争 』を観てきた。

以前、同館で「チバちゃん祭り!Sonny Chiba A Go Go!!」という企画が行われた際に観ていたのだが、感想を書き忘れていたようなので改めて。

本作は、本土復帰間もない頃の沖縄を舞台に、沖縄の利権を狙う本土ヤクザとそれに対抗しようとする地元の沖縄ヤクザとの抗争を描いている。

戦災孤児から共にのし上がった3人のヤクザ(松方弘樹、佐藤允&千葉真一の兄弟)。

かつては一緒に暴れまくった彼らも、それぞれの組織で重責を担うようになり、やがて子分たちの小競り合いから互いの組織の生き残りと面子を賭けた全面戦争へと突入していく。

クールな松方弘樹、堅実な佐藤允、バイタリティ溢れるの千葉真一と三者三様の個性が際立つ。

親分を殺されたことで佐藤&千葉の組と対立せざるをえなくなった松方は、進出してくる関西錦連合から沖縄を守るため、自分の情婦の弟の命を差し出してまで沖縄ヤクザたちの一致団結を求める。

暴れまわる役の印象のある松方だが、人の上に立って口数少なく常に遠い目をしているのもかっこいい。

佐藤允が途中で一時的にムショに入ってしまうので基本線は松方と千葉の対決になるが、それぞれに互いを親友と思い、信頼しあっている者同士が敵対し合うというのは、やっぱり燃える展開だ。

同じようなタイトルの『 沖縄やくざ戦争 』での千葉は、「戦争だーいすき♡」の名台詞からもわかるように一般的な感覚など持ち合わせていない完全にイッちゃってる暴れん坊で、松方がクールなら千葉もそれぐらいやってしまった方がいいのにとも思ったのだが、そこまでやってしまうとリアリティと、そこから醸し出される悲哀(これが本作の肝)が出なくなってしまうのでこの塩梅で正解。

脇を固める役者陣も素晴らしく、明るいお調子者でありながら悲しく散っていく山田隆夫や、ボクサー崩れで人生を捨てているにもかかわらず最後まで生き残ってしまう錦野旦など、配役にも意外性があって面白い。

関西ヤクザを演じる小池朝雄は相変わらず仁義を屁とも思わない “ 喰えないヤクザ ” を演じたら堂に入っているし、逆に藤田まことは小池の部下でありながら佐藤允との仁義を重んじようとする昔気質の一面を持ったヤクザを好演している。

展開も素晴らしく、松方や千葉といったお気に入りのスターが出ていることもあって、個人的に大好きな一本である。

ちなみに監督の松尾昭典だが、彼はテレビドラマの演出も数多く手がけており、以前にも貼ったことのあるこの動画に出て来る「松尾」のことであるのを、蛇足ながら最後に記しておく。




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2017年04月21日

【映画の感想】 抗争と流血 -東映実録路線の時代- 『 山口組外伝 九州進攻作戦 』




監督 : 山下耕作
TOEI COMPANY,LTD.(TOE)(D)
発売日 : 2016-01-06


評価:★★★☆☆ 実録は難しい

※ ★★☆☆☆にしていたが、思い直して★★★☆☆に変更。


シネマヴェーラ渋谷の「抗争と流血 -東映実録路線の時代-」で上映されていた『 山口組外伝 九州進攻作戦 』を観た。

菅原文太主演で、実在のヤクザである夜桜銀次の半生を描いた本作。

「殺しはひとりがよか……」が口癖の、白スーツで身を固めた孤高の武闘派ヤクザ。

梅宮辰夫演じる兄弟分のヤクザが九州の小さな組の組長から関西の大組織の幹部へと出世していくのを尻目に、ひとりヤクザらしいヤクザとして死に場所を探す銀次。

序盤は、弟分の渡瀬恒彦と一緒に女郎屋で淋病をうつされて痛がったりして結構コメディタッチな部分も見られる。

一方で期待される暴力シーンはというと、どうも銀次はヤクをやたらに憎んでいるようで、弟分と売人のところに乗り込んではぶちのめし、銃をぶっ放し、金を奪い、ヤクを川に撒き散らして去っていく。

それではこの後、銀次がなぜヤクを憎むようになったのかが物語の中で語られていくのかというと、そこらへんの理由は結局明らかにされない。

実録ものだからよくわからないことは書けなかったのかとも思うが、むしろこの手の映画の見どころは見せ場ごとの盛り上がりをどう上手く見せるかだから、理由付けは二の次でいいのかもしれない。

しかし、その肝心の見せ場がどうかというともうひとつパッとしない。

唯一印象に残ったのは弟分に、しでかした過ちの責任を取らせるという意味で、いきなり土手っ腹に拳銃をぶっ放すところ。

一瞬、何か起きたのか、銀次が何のためにこんなことをしたのかわからなかったが、そこから脳みそをフル回転させながら意図を読み取っていくその運動の時間は、映画を観ているときの快感のひとつだと思っている。

エキセントリックな人物を描いた映画を観るのは、こういうシーンをたくさん観たいからなのだ。

同じく実在のヤクザである石川力夫をモデルに作られた深作欣二監督、渡哲也主演の『 仁義の墓場 』もやはり孤高のヤクザを描いている。

が、『 仁義〜 』が触れるもの全てを傷つける狂気の男として描いていたのに対し、本作はちょっとその辺の明確さに欠ける。

孤高とは言いながら、銀次には弟分(渡瀬恒彦)がいるし、兄弟分にも多少の迷惑はかけるが、まぁ仲良くやっている。

華々しく散ることのできる死に場所を探しているのだとはなんとなく推察できるが、もっと破天荒で、もっと破滅的であってくれないと、身近に感じられてしまって逆にリアリティを削いでしまい、感情移入できない。

この感想を書きながら思いついたのが、『 哭きの竜 』方式を導入したらどうかということ。

どういうことかというと、ナレーションをすべて過去形で入れるのだ。

「その日は朝方から雨が振っていたという……」みたいな。

この方式を使うと、ナレーションの話者が過去のことを回想しているように聞こえるので妙なリアリティが生まれる。

それにちょっと叙情的にもなるので、いわゆるジャンル映画の、起承転結がキチッとした展開にはまらなくても、文学的というか、ソフトストーリーのような展開も許容される。

実録の場合、半生を描くにしても後半にクライマックス的な出来事がないのはしょうがないので、思い切ってフィクションで書き足してしまうか、叙情性を入れて生きることの生々しさやヤクザの寂寥感を表現する方向で行くのが面白かったのではないだろうか。



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